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丹那トンネル

丹那トンネルはなぜ心霊と語られるのか|殉職67名の史実と慰霊碑

静岡県 トンネル 恐怖度 ★★★☆☆

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心霊.JAPAN 編集部 による調査レポート

「丹那トンネル 心霊」で検索する人がいます。ここは今も東海道本線の列車が毎日行き交う現役のトンネルであり、肝試しに行けるような場所ではありません。それでもこの名前が心霊の語と結びつくのには、はっきりした理由があります。全長7.8キロを掘り抜くまでに16年を要し、67名の作業員が命を落としたという史実です。

基本データ

所在地 静岡県田方郡函南町〜熱海市(東海道本線 熱海駅〜函南駅間)
全長・開通 約7,804メートル。1918年着工、1934年(昭和9年)12月開通
殉職者 工事全体で67名。熱海口の坑口上に鉄道省による慰霊碑が建つ
函南口の碑 同工区の犠牲者36名を悼む碑が施工業者により建立
地震被害 1930年11月26日の北伊豆地震で坑内に約2.4メートルの横ずれ断層が生じ、排水坑を切断
現況 現役の鉄道トンネル。坑内立入は不可。慰霊碑は坑口付近から見学可

16年かかった「日本の土木史でも屈指の難工事」

東海道本線はもともと御殿場を経由する山越えの経路をとっており、勾配のきつい区間で機関車の付け替えが必要でした。これを解消するため、丹那盆地の下を貫く長大トンネルの建設が決まります。1918年、工事が始まりました。

当初の見込みは7年でした。実際にかかったのは16年です。誤算の中心にあったのは水でした。丹那盆地の地下には大量の地下水が蓄えられており、掘進面から絶え間なく湧き出しました。抜いた水の量は膨大で、地上の丹那盆地では井戸や水田の水が枯れ、酪農への転換を余儀なくされたと伝えられています。

さらに破砕帯にぶつかると、掘ったばかりの坑道が押し潰されるように変形しました。落盤も繰り返し発生し、そのたびに工事は止まりました。67名という殉職者の数は、この十六年間の積み重ねです。

北伊豆地震——トンネルそのものが断ち切られた日

1930年11月26日、丹那断層を震源とする北伊豆地震が発生しました。マグニチュードは7.3、震源近くでは震度7に相当する揺れとなり、静岡・神奈川で250名を超える死者が出ています。

このとき工事中の坑内でも作業員が被災し、行方不明・死亡が生じました。そして地質学的に特筆されるのが、坑内に約2.4メートルの横ずれ変位が現れ、掘り進めていた排水坑がずれて断ち切られたことです。断層がトンネルを切ったこの記録は、地震の際に断層がどう動くかを示す物証として、現在も学術的に参照されています。

「断層に切られたトンネル」という事実は、それだけで強い印象を残します。丹那トンネルが怪談の文脈に取り込まれてきたのは、この出来事が語り継がれてきた結果でもあると編集部は見ています。

なぜ「心霊」と語られるのか

心霊の噂が集まる場所には、いくつかの型があります。丹那トンネルはそのうち「多数の犠牲者を出した土木構造物」という型に当てはまります。旧犬鳴トンネルのような廃隧道とは違い、ここは今も使われている現役の施設です。にもかかわらず名前が挙がるのは、67名という数字が独立して流通しているからです。

そしてもう一つ、鉄道トンネルには「入れない」という条件があります。実際に確かめられない場所は、想像で埋められます。列車で通過する数分間、外は完全な暗闇です。その暗さに、聞き知った数字が重ねられていきます。

編集部が確認した限り、坑内で怪異が起きたという記録は公的な資料には存在しません。語られているのは、あくまで史実から派生したイメージです。

慰霊碑を訪ねる場合

熱海側の坑口の上には、鉄道省が建立した殉職者慰霊碑があります。函南側の坑口付近にも、この工区で亡くなった36名を悼む碑が施工業者によって建てられています。いずれも工事の犠牲者を弔うために設けられたものです。

訪ねる場合は、鉄道用地への立入が禁止されていることを必ず守ってください。線路や坑口に近づく行為は極めて危険であり、鉄道営業法に触れます。碑は公道や見学可能な範囲から静かに参拝してください。

この場所を訪れる意味は、暗いトンネルを覗き込むことではありません。東海道の輸送を根本から変えた工事の裏に、67名の死があったことを知ることです。函南町は丹那断層の露頭を保存した公園も整備しており、地震と土木の歴史をあわせて学べる土地になっています。

場所

静岡県田方郡函南町〜熱海市(東海道本線 熱海駅〜函南駅間)(地図はおおよその位置を示しています)

訪問前に必ずお読みください

よくある質問

丹那トンネルには入れますか?

いいえ。現役の鉄道トンネルであり、坑内および鉄道用地への立入は禁止されています。線路や坑口に近づく行為は極めて危険で、鉄道営業法にも触れます。見学は坑口付近の慰霊碑を公道から参拝する範囲にとどめてください。

工事で何人が亡くなったのですか?

工事全体で67名が殉職しました。熱海口の坑口上に鉄道省が建立した慰霊碑があり、函南口付近にはこの工区の犠牲者36名を悼む碑が施工業者によって建てられています。

北伊豆地震でトンネルはどうなりましたか?

1930年11月26日の北伊豆地震(M7.3)により、坑内に約2.4メートルの横ずれ変位が生じ、掘進中の排水坑がずれて切断されました。断層がトンネルを切った記録として、現在も学術的に参照されています。

心霊現象の記録はあるのですか?

編集部が確認した限り、公的な資料に怪異の記録はありません。語られているのは、67名の殉職という史実と「入れない暗いトンネル」という条件が結びついて生まれたイメージだと考えられます。

丹那トンネルで、何かを見ましたか。

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