なぜ「新しい街」に忌み地の噂が生まれるのか
港北ニュータウンは、丘陵と田畑が広がっていた土地を大規模に区画整理して造られた計画都市です。こうした造成では、もとの地形にあった塚・祠・小さな墓地などが、区画整理事業のなかで移設されたり一カ所に合祀されたりします。これは全国のニュータウンで普通に行われてきた手続きで、都筑区に限った特別なことではありません。
ところが「昔ここには塚があった」という事実が伝わるうちに、「墓の上に街を建てた」「だから忌み地だ」という形に変わっていきます。真新しい街並みと、その下にあったかもしれない古い土地の記憶——このギャップそのものが、怪談の格好の素材になります。整いすぎた風景に人が落ち着かなさを覚える、という感覚も無関係ではないでしょう。
「忌み地」という言葉が独り歩きするとき
ネット上では特定の交差点やマンション、商業施設の名前を挙げて「ここが忌み地」と語る書き込みが見られます。編集部はこの種の名指しには慎重であるべきだと考えています。実在の住宅や店舗を「呪われている」と断ずることは、そこで暮らす人や働く人への実害になりかねないからです。
地名の由来に古い信仰の痕跡があること自体は、むしろその土地の歴史の豊かさです。移設された塚や祠の多くは、今も地域の神社や一角で丁寧に祀られています。「忌み地」という強い言葉でひとくくりにする前に、その土地が歩んできた経緯を知ることの方が、はるかに実りがあります。
個別の噂をどう受け取るか
都筑区周辺では、特定の建物での転落など、実際の出来事が心霊の噂と結びつけられて検索されることもあります。しかし現実の事故や事件は、亡くなった方と遺族にとって進行形の痛みです。編集部は、そうした具体的な出来事を怪談の題材として面白がる書き方はしません。
心霊.JAPANが扱えるのは、「なぜこの街にこうした言葉が集まるのか」という構造の部分までです。整然とした計画都市の下に眠る土地の記憶、そこに投影される私たち自身の不安。噂の正体を冷静に見つめることが、いたずらに街を恐れることよりも、ずっと健全な向き合い方だと考えています。