HAUNTED SPOT REPORT 恐怖度ランキング 第120位

鬼ノ城

鬼ノ城とは|温羅伝説が残る古代山城と桃太郎の原型

岡山県 神社・霊場・史跡 恐怖度 ★★★☆☆

ホーム 全国心霊スポットマップ 鬼ノ城

心霊.JAPAN 編集部 による調査レポート

標高400メートルほどの山の上に、城壁のような石積みと土塁が2.8キロにわたって巡っています。鬼ノ城は古代に築かれた山城で、ここには「温羅」という鬼が住んでいたと伝えられます。桃太郎伝説の原型とされる物語の舞台です。

基本データ

所在地 岡山県総社市奥坂(鬼城山、標高約400メートル)
形態 7世紀頃に築かれたとされる古代山城。国の史跡
規模 土塁と石垣による城壁が山頂部を約2.8キロにわたって取り巻く
伝説 鬼・温羅(うら)と吉備津彦命の戦いが伝わる。桃太郎説話の原型とされる
立入 ビジターセンターと散策路が整備。復元された西門を見学できる

温羅と吉備津彦

伝説によれば、この地に温羅という異形の者がいて、周囲を荒らしていました。朝廷から派遣された吉備津彦命がこれを討ち、その首を刎ねたと伝えられます。討たれた温羅の首はうなり続け、吉備津神社の釜の下に埋められたという話が続きます。

吉備津神社に伝わる「鳴釜神事」は、この温羅の伝説と結びついた神事です。釜の鳴る音で吉凶を占うもので、上田秋成の『雨月物語』にも取り入れられています。

この物語が桃太郎の鬼退治の原型であるという説は広く知られています。ただし温羅を、外来の技術を持ち込んだ渡来系の集団の首長と見る解釈もあり、「鬼」が何を指していたのかは単純ではありません。

古代山城としての実像

伝説を離れて見れば、鬼ノ城は7世紀頃に築かれたとされる古代山城です。白村江の敗戦後、大陸からの侵攻に備えて西日本各地に築かれた城のひとつと考えられています。

山頂部を取り巻く城壁は約2.8キロに及び、版築による土塁と石垣、水門、そして門の跡が確認されています。復元された西門は、この城の規模を実感させる建造物です。

記録に残らない城であるため、誰が何のために築いたのかには依然として不明な点があります。この「分からなさ」も、鬼の伝説が長く残った理由のひとつでしょう。

訪れる際に

ビジターセンターがあり、そこから復元西門までは比較的短い距離です。城壁を一周する散策路もありますが、起伏があり相応の時間と体力を要します。

国の史跡であり、遺構を傷つける行為は禁じられています。土塁や石垣に登る、石を動かすといった行為は避けてください。

山中のため日没後は暗く、道も分かりにくくなります。日中の見学をおすすめします。

場所

岡山県総社市奥坂(鬼城山)(地図はおおよその位置を示しています)

訪問前に必ずお読みください

よくある質問

鬼ノ城は桃太郎の話と関係がありますか?

鬼・温羅を吉備津彦命が討ったという伝説が伝わり、これが桃太郎の鬼退治の原型とされています。

温羅とは何者ですか?

伝説では周囲を荒らした異形の者とされますが、外来の技術を持ち込んだ渡来系集団の首長と見る解釈もあります。

いつ築かれた城ですか?

7世紀頃と考えられており、白村江の敗戦後に西日本各地へ築かれた古代山城のひとつとみられています。記録に残らない城のため不明な点も多く残ります。

見学に時間はかかりますか?

ビジターセンターから復元西門までは短い距離ですが、城壁を一周する散策路は起伏があり相応の時間と体力を要します。

鬼ノ城で、何かを見ましたか。

あなたの体験談・写真を匿名で投稿できます。編集部が次の調査の手がかりにします。