温羅と吉備津彦
伝説によれば、この地に温羅という異形の者がいて、周囲を荒らしていました。朝廷から派遣された吉備津彦命がこれを討ち、その首を刎ねたと伝えられます。討たれた温羅の首はうなり続け、吉備津神社の釜の下に埋められたという話が続きます。
吉備津神社に伝わる「鳴釜神事」は、この温羅の伝説と結びついた神事です。釜の鳴る音で吉凶を占うもので、上田秋成の『雨月物語』にも取り入れられています。
この物語が桃太郎の鬼退治の原型であるという説は広く知られています。ただし温羅を、外来の技術を持ち込んだ渡来系の集団の首長と見る解釈もあり、「鬼」が何を指していたのかは単純ではありません。
古代山城としての実像
伝説を離れて見れば、鬼ノ城は7世紀頃に築かれたとされる古代山城です。白村江の敗戦後、大陸からの侵攻に備えて西日本各地に築かれた城のひとつと考えられています。
山頂部を取り巻く城壁は約2.8キロに及び、版築による土塁と石垣、水門、そして門の跡が確認されています。復元された西門は、この城の規模を実感させる建造物です。
記録に残らない城であるため、誰が何のために築いたのかには依然として不明な点があります。この「分からなさ」も、鬼の伝説が長く残った理由のひとつでしょう。
訪れる際に
ビジターセンターがあり、そこから復元西門までは比較的短い距離です。城壁を一周する散策路もありますが、起伏があり相応の時間と体力を要します。
国の史跡であり、遺構を傷つける行為は禁じられています。土塁や石垣に登る、石を動かすといった行為は避けてください。
山中のため日没後は暗く、道も分かりにくくなります。日中の見学をおすすめします。