工女たちが越えた道
明治から大正にかけて、飛騨の農村から多くの少女が諏訪・岡谷の製糸工場へ働きに出ました。その道が野麦峠です。年の暮れに帰省し、年明けにまた越える。積雪期の標高1600メートル超の峠を、十代の少女が徒歩で越えていったのです。
峠には「お助け小屋」が設けられ、遭難者を保護する役目を担っていました。それでも凍死や滑落で命を落とした者がいたことは、記録に残されています。
山本茂実のノンフィクション『あゝ野麦峠』によってこの歴史は広く知られるようになりました。中でも、病を得て峠で亡くなった政井みねの逸話は、この場所を象徴する話として語り継がれています。
心霊スポットと呼ばれる理由
野麦峠が心霊スポットとして挙げられるのは、この歴史がそのまま理由になっています。「峠で少女の姿を見た」「泣き声を聞いた」といった話は、工女たちの記憶と結びついた形で語られてきました。
ただし編集部の見方はこうです。ここで語られるべきは怪談ではなく、なぜ十代の少女たちが冬の峠を越えなければならなかったのかという歴史のほうです。峠には慰霊の碑が立ち、資料館では当時の暮らしと労働が丁寧に展示されています。
訪れる際に
峠へは県道が通じていますが、冬季は積雪により通行止めになります。開通期間は事前に確認してください。
標高が高く、夏でも朝夕は冷え込みます。霧が発生しやすく、視界が急に落ちることがあります。夜間の走行は速度を落とし、路肩での長時間の停車は避けてください。
慰霊碑の周辺は静かに。この峠は、名前のある人々が実際に亡くなった場所です。