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旧海軍司令部壕

旧海軍司令部壕とは|沖縄戦の地下壕に残された記憶

沖縄県 その他 恐怖度 ★★★☆☆

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心霊.JAPAN 編集部 による調査レポート

地下へ続く階段を降りると、削り出された岩の通路が続きます。旧海軍司令部壕は、沖縄戦において日本海軍の司令部が置かれた地下壕です。ここで多くの将兵が最期を迎えました。心霊スポットという言葉で検索されることがありますが、この場所は何よりもまず、慰霊の場所です。

基本データ

所在地 沖縄県豊見城市豊見城(海軍壕公園内)
形態 沖縄戦時に構築された地下壕。海軍沖縄方面根拠地隊の司令部が置かれた
現況 一部が復元・公開され、資料館を併設。戦跡として保存されている
周辺 海軍壕公園、那覇市街、糸満方面の戦跡群
立入 開館時間内に見学可。公開区間以外への立ち入りは不可

地下に掘られた司令部

この壕は沖縄戦を前に、つるはしとスコップによって手掘りで構築されました。丘陵の内部に司令官室、幕僚室、作戦室、暗号室などが配置され、全長は数百メートルに及びます。

1945年、米軍の上陸により戦況が悪化するなか、司令部はこの地下で最後まで指揮を執り続けました。壕内には当時のまま残された壁面があり、削り跡や、爆風によるとされる痕跡を見ることができます。

「沖縄県民斯ク戦ヘリ」

この壕を語るうえで欠かせないのが、海軍沖縄方面根拠地隊司令官・大田実少将が本土へ送った最後の電文です。県民が戦闘に協力し、極限の状況下で耐え抜いた実情を伝え、「沖縄県民斯ク戦ヘリ 県民ニ対シ後世特別ノ御高配ヲ賜ランコトヲ」と結ばれています。

この電文の後、司令部の将兵は壕内で自決しました。公開されている幕僚室の壁には、その際の手榴弾の跡と伝えられる無数のくぼみが残されています。

心霊スポットとして扱わないでください

この壕が「出る」という文脈で語られることがあります。しかしここは、数百人が実際に亡くなった場所であり、遺族の方が今も訪れる慰霊の場です。

編集部の立場ははっきりしています。戦争で人が亡くなった場所を肝試しの対象にすることは、その死を軽く扱うことと同じです。訪れるのであれば、資料館で経緯を学び、静かに手を合わせてください。館内では撮影や声量についての案内があります。必ず従ってください。

場所

沖縄県豊見城市豊見城(海軍壕公園内)(地図はおおよその位置を示しています)

訪問前に必ずお読みください

よくある質問

旧海軍司令部壕は見学できますか?

一部が復元・公開されており、開館時間内に見学できます。資料館が併設されています。公開区間以外への立ち入りはできません。

心霊スポットなのですか?

ここは沖縄戦で多くの将兵が亡くなった戦跡であり、遺族の方が今も訪れる慰霊の場です。肝試しの対象として扱うべき場所ではありません。

壁のくぼみは何ですか?

幕僚室に残るくぼみは、自決の際の手榴弾の跡と伝えられています。当時の状況を今に伝える痕跡です。

「沖縄県民斯ク戦ヘリ」とは何ですか?

司令官・大田実少将が本土へ送った最後の電文の一節で、県民の献身を伝え後世の配慮を求めた言葉です。この壕を語るうえで欠かせない記録です。

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