禁忌01神在祭の間に騒ぐ・音を立てる(お忌み)
出雲では、神々が集まって会議をする旧暦十月十一日から十七日までの神在祭の間を「お忌み」と呼び、歌舞音曲や大きな音を慎み、静かに過ごす風習があります。神々が縁結びなどを話し合う(神議)のを邪魔しない、という心遣いです。
地域によっては、この期間の普請(建築工事)や、騒がしい行事も避けられてきました。現在は観光で訪れる人が多い時期ですが、神事の場では静粛にするのが作法です。
10月の和風月名「神無月(かんなづき)」には、全国の八百万の神が出雲大社に集まり、各地に神様がいなくなる月だから、という説明がよく知られています。一方、神々が集まる出雲では、同じ月を「神在月(かみありづき)」と呼びます。
ただし、これは旧暦の話です。2026年の旧暦十月は11月9日ごろからで、神々を迎える神迎神事は旧暦十月十日にあたる11月18日、神在祭は11月18日から25日にかけて行われます。現代の新暦10月を神無月と呼ぶのは、暦と名前がずれたまま定着した呼び方です。
語源にも諸説があり、「神の月(かみのつき)」の「な」は「の」にあたるという説もあります。ここでは、神無月・神在月にまつわる言い伝えと禁忌を紹介します。
出雲では、神々が集まって会議をする旧暦十月十一日から十七日までの神在祭の間を「お忌み」と呼び、歌舞音曲や大きな音を慎み、静かに過ごす風習があります。神々が縁結びなどを話し合う(神議)のを邪魔しない、という心遣いです。
地域によっては、この期間の普請(建築工事)や、騒がしい行事も避けられてきました。現在は観光で訪れる人が多い時期ですが、神事の場では静粛にするのが作法です。
神々が集まる出雲では、10月(旧暦)を「神無月」とは呼びません。神在月と呼びます。神様がいない月と言ってしまうことは、神様を迎えている土地では失礼にあたるためです。
出雲地方を訪れる際は、「神無月」ではなく「神在月」という言葉を使うのが無難です。
神々が出雲へ出かけている間、各地に残って留守を預かる神様を留守神(るすがみ)と呼びます。恵比寿様がその役目を担うとされ、えびす講を営む地域が多くあります。
留守を預かる神様を粗末にすることは、神様のいない間の災いを招くとして戒められました。地域により留守神は異なり、竈の神、道祖神、金毘羅などとされることもあります。
神無月は神様が不在だから、お参りしても意味がないという話がありますが、これは誤解とされます。留守神が残っていること、神様が出雲から戻ってくる月であることなどから、神無月の参拝を控える必要はないというのが一般的な見方です。
むしろ、神々を送り出し、迎える節目の月として、感謝の気持ちで参拝するのがよいとされています。
これは古い文献に定まった記述があるわけではなく、近年の都市伝説的な言い伝えです。「神様がいない間は魔が入り込みやすい」として、夜道を避ける、戸締まりを徹底するなど、気を引き締めるよう語られることがあります。
根拠を確かめられる話ではありませんが、季節の変わり目に防犯意識を高める戒めとしては、意味のある言い伝えといえるでしょう。
出雲に集まった神々が、翌年の縁組などを話し合うという言い伝え。出雲大社が縁結びの神として知られる理由のひとつです。
旧暦十月十日の夜、稲佐の浜で神々を迎える神事が行われます。2026年は11月18日にあたります。
神々が出雲へ出かけている間、留守を守る恵比寿様をまつる行事。地域により10月20日や11月20日に営まれます。
「神の月」説、「神を祭る月」説、「雷の鳴らない月」説など、神無月の語源には諸説があります。
神在祭の最後、旧暦十月十七日に神々が出雲を発つのを送る神事。神の月が終わりを迎えます。
本記事の内容は、民間伝承と出雲地方の風習に基づきますが、神無月の語源や、神々が出雲に集まるという説明には諸説があり、定説はありません。出雲での風習や神事の日程は、出雲大社や出雲市の公式情報をご確認ください。
神無月の禁忌のなかには、近年の都市伝説的な言い伝えも含まれます。心霊的な言い伝えを信じるかどうかは、読者の皆様の判断にお任せします。
2026年の神在祭は11月18日から25日です。出雲を訪れる方は、静かに神々を迎える気持ちでお出かけください。