大阪湾を守るために築かれた要塞
明治期、大阪湾へ侵入する敵艦を阻むため、紀淡海峡の島々と対岸に一連の砲台群が築かれました。これが由良要塞です。友ヶ島の沖ノ島には第一から第五までの砲台跡が残り、当時のレンガ造の構造物がほぼそのまま残されています。
結果としてこれらの砲台が実戦で使われることはありませんでした。役目を終えた要塞は撤去されることもなく島に残り、百年以上のあいだ森に呑まれていきました。
なぜ心霊スポットとして語られるのか
友ヶ島が心霊スポットとして名前が挙がる最大の理由は、その光景そのものです。第三砲台跡の地下弾薬庫は照明がなく、真っ暗な通路が奥へ続いています。懐中電灯なしでは数歩で何も見えなくなります。
さらに島は無人で、最終便を逃せば誰もいない島に一晩取り残されます。「人がいない」という条件は、廃墟の恐怖を何倍にも増幅させます。
軍事施設であったことから戦没者にまつわる噂も流れますが、この砲台群は実戦に使われておらず、編集部が確認した限り、島内での戦闘の記録はありません。
探索する場合の注意
第三砲台跡の地下は本当に真っ暗です。懐中電灯またはヘッドライトは必携で、スマートフォンのライトだけでは心もとない場面があります。足元には段差や水たまりがあり、内部は湿って滑ります。
島には売店も自動販売機もほとんどありません。飲み物と食料は持参してください。そして最も重要なのは、帰りの最終便の時刻です。汽船は悪天候で欠航や早じまいになることがあり、乗り遅れれば無人島で夜を明かすことになります。