なぜ開業しなかったのか
中城高原ホテルは、1975年の沖縄国際海洋博覧会に合わせた観光需要を見込み、中城城跡に隣接する高台に建設されました。ホテル棟に加えて遊園地施設も計画された大規模開発でした。
しかし建設中、敷地から遺構や遺骨が出土したこと、そして城跡という文化財の保護区域に隣接する立地が問題となり、工事は中断。事業者の経営問題も重なって、建物は一度も客を迎えることのないまま放棄されました。
「沖縄最恐」と呼ばれた理由
この廃墟が特異だったのは、完成していないという点です。内装のない打ちっぱなしのコンクリート、途中で終わった階段、床のない吹き抜け。人が使った痕跡がまったくないまま朽ちていく建物は、廃墟としても異様な存在感を持っていました。
加えて沖縄という土地の背景があります。この一帯は沖縄戦の激戦地でもあり、周辺には多くの慰霊の場所が点在します。建設中に遺骨が出土したという経緯も広く知られており、それらが重なって「沖縄最恐」という評価が定着しました。
語られてきた噂
最上階で人影を見た、誰もいないはずのフロアから足音が聞こえた、写真に光の玉が写った——といった話が長年語られてきました。県外からの肝試し客も絶えず、心霊番組でも繰り返し取り上げられています。
一方で、この廃墟は無数の落書きとガラス片で埋め尽くされ、床が抜けた箇所も多数ありました。肝試し中の転落事故も実際に発生しており、危険性という意味では噂以前の問題を抱えた場所でした。
解体された現在
不法侵入と事故の多発、そして世界遺産である中城城跡の景観保全の観点から、建物は撤去されることになりました。解体は段階的に進み、2019年頃までにほぼ完了しています。現在、跡地に廃墟の姿はありません。
訪れるのであれば、隣接する中城城跡をおすすめします。琉球石灰岩の美しい曲線を描く城壁は、グスクの中でも保存状態が良いことで知られ、高台からは中城湾を一望できます。廃墟を探して私有地や管理区域に立ち入る行為はおやめください。