八甲田雪中行軍遭難事件
1902年1月、陸軍第八師団歩兵第五連隊の210名が、冬季の行軍訓練のため青森から八甲田山中へ入りました。折しも記録的な寒波に見舞われ、部隊は方角を見失って山中をさまよいます。生還したのはわずか11名。199名が命を落としました。
捜索隊が最初に発見したのは、雪原に直立したまま仮死状態でいた後藤房之助伍長でした。この姿をかたどった銅像が、現在も発見地点近くに立っています。事件は小説『八甲田山死の彷徨』と映画化を通じて、全国に広く知られることとなりました。
語り継がれてきた話
この山で最も多く語られるのは、雪の中を進む隊列を見た、という話です。夜間や霧の濃い日に、旧軍装の一団が黙々と歩いていた——という体験談が、地元でも古くから伝えられてきました。銅像茶屋周辺や、行軍路にあたる林道での話が中心です。
編集部としては、これらの話の真偽を判定する立場にありません。ただ、199名という数字の重さが、この土地の空気に確かな形で残っていることは、訪れた人の多くが口にする点です。
現在の八甲田山
八甲田山は現在、樹氷とバックカントリースキー、そして酸ヶ湯をはじめとする温泉で知られる山岳観光地です。ロープウェーで手軽に高所へ上がることができ、湿原の木道歩きも人気があります。
一方で八甲田は活火山でもあります。過去には窪地に滞留した火山ガスによる死亡事故が複数発生しており、指定された登山道や木道から外れることは実際の危険を伴います。冬季の気象条件の厳しさは、1902年当時と何ら変わっていません。
訪れる際に
青森市の幸畑には、遭難した将兵が眠る陸軍墓地と資料館があります。事件の経緯を知りたい方には、山へ向かう前にこちらを訪ねることをおすすめします。当時の記録と遺品から伝わるものは、山中で肝試しをして得られるものとは比較になりません。
銅像茶屋や後藤伍長の銅像は、慰霊の意味を持つ場所です。深夜に騒ぐ、ゴミを残すといった行為は厳に慎んでください。冬季の入山は装備と経験がなければ命に直結します。