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八甲田山

八甲田山とは|雪中行軍遭難事件と語り継がれる隊列の話

青森県 山・峠・森 恐怖度 ★★★★★

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心霊.JAPAN 編集部 による調査レポート

八甲田山が心霊の文脈で語られるとき、そこには必ず1902年(明治35年)の記憶があります。近代日本の山岳遭難として最大の犠牲を出したこの事件は、120年以上を経た今も、この山を訪れる人の心に影を落としています。

基本データ

所在地 青森県青森市・十和田市にまたがる八甲田連峰(最高峰・大岳1,585m)
形態 活火山を含む山群。湿原・温泉・樹氷で知られる
現況 十和田八幡平国立公園。ロープウェーと登山道が整備された観光・登山地
周辺 銅像茶屋・後藤伍長銅像・幸畑陸軍墓地・酸ヶ湯温泉
立入 冬季は極めて危険。火山ガス(硫化水素)滞留による事故も発生している

八甲田雪中行軍遭難事件

1902年1月、陸軍第八師団歩兵第五連隊の210名が、冬季の行軍訓練のため青森から八甲田山中へ入りました。折しも記録的な寒波に見舞われ、部隊は方角を見失って山中をさまよいます。生還したのはわずか11名。199名が命を落としました。

捜索隊が最初に発見したのは、雪原に直立したまま仮死状態でいた後藤房之助伍長でした。この姿をかたどった銅像が、現在も発見地点近くに立っています。事件は小説『八甲田山死の彷徨』と映画化を通じて、全国に広く知られることとなりました。

語り継がれてきた話

この山で最も多く語られるのは、雪の中を進む隊列を見た、という話です。夜間や霧の濃い日に、旧軍装の一団が黙々と歩いていた——という体験談が、地元でも古くから伝えられてきました。銅像茶屋周辺や、行軍路にあたる林道での話が中心です。

編集部としては、これらの話の真偽を判定する立場にありません。ただ、199名という数字の重さが、この土地の空気に確かな形で残っていることは、訪れた人の多くが口にする点です。

現在の八甲田山

八甲田山は現在、樹氷とバックカントリースキー、そして酸ヶ湯をはじめとする温泉で知られる山岳観光地です。ロープウェーで手軽に高所へ上がることができ、湿原の木道歩きも人気があります。

一方で八甲田は活火山でもあります。過去には窪地に滞留した火山ガスによる死亡事故が複数発生しており、指定された登山道や木道から外れることは実際の危険を伴います。冬季の気象条件の厳しさは、1902年当時と何ら変わっていません。

訪れる際に

青森市の幸畑には、遭難した将兵が眠る陸軍墓地と資料館があります。事件の経緯を知りたい方には、山へ向かう前にこちらを訪ねることをおすすめします。当時の記録と遺品から伝わるものは、山中で肝試しをして得られるものとは比較になりません。

銅像茶屋や後藤伍長の銅像は、慰霊の意味を持つ場所です。深夜に騒ぐ、ゴミを残すといった行為は厳に慎んでください。冬季の入山は装備と経験がなければ命に直結します。

場所

青森県青森市・十和田市(八甲田連峰)(地図はおおよその位置を示しています)

訪問前に必ずお読みください

よくある質問

八甲田雪中行軍遭難事件とは何ですか?

1902年1月、陸軍の210名が冬季行軍中に八甲田山中で遭難し、199名が死亡した近代日本最大級の山岳遭難事故です。

後藤伍長の銅像はどこにありますか?

青森市の馬立場、銅像茶屋の近くに立っています。捜索隊が仮死状態の後藤伍長を発見した地点付近です。

八甲田山に登るときの注意点は?

活火山であり窪地に火山ガスが滞留することがあります。登山道・木道から外れないでください。冬季の入山には十分な装備と経験が必要です。

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