HAUNTED SPOT REPORT 恐怖度ランキング 第5位

常紋トンネル

常紋トンネルとは|壁から人骨が出た鉄道トンネルの史実

北海道 トンネル 恐怖度 ★★★★★

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心霊.JAPAN 編集部 による調査レポート

数ある心霊スポットの中で、常紋トンネルは特異な位置にあります。噂ではなく、記録として人骨が発見された場所だからです。編集部はこのトンネルを、怪談としてではなく北海道開拓史の一場面として扱います。

基本データ

所在地 北海道北見市留辺蘂町〜遠軽町(JR石北本線 生田原〜金華間)
形態 鉄道トンネル(1914年竣工/全長507m)
現況 JR石北本線の現役トンネル。線路内は当然ながら立入禁止
関連 常紋トンネル工事殉難者追悼碑(金華側/一般に参拝可)
立入 鉄道用地内への立入は鉄道営業法違反。車内から通過するのみ

タコ部屋労働という史実

常紋トンネルは1912年から1914年にかけて建設されました。工事を担ったのは「タコ部屋」と呼ばれる過酷な労働環境に置かれた人々です。募集時の条件とは異なる重労働と暴力的な監督のもと、逃亡は許されず、病に倒れた者も多かったと記録されています。

この労働の実態は、北海道開拓期の各地で行われたものであり、常紋だけの特殊事情ではありません。ただ常紋の場合、その痕跡が後年、極めて具体的な形で現れました。

壁面から発見された人骨

1968年の十勝沖地震でトンネルが損傷し、その補修工事の際に、坑内の壁の中から人骨が発見されました。1970年には周辺からも複数の遺骨が見つかり、頭部に外傷の跡が確認されたものもあったと報告されています。

「人柱」として埋められたのかどうかについては諸説あり、断定はできません。しかし、工事で亡くなった人々がその場に葬られていたこと自体は、発掘という形で裏付けられました。心霊スポットとしての常紋の"重さ"は、この事実に由来します。

慰霊碑と、いま残るもの

発見された遺骨は改葬され、金華側には工事殉難者を悼む追悼碑が建立されました。地元では長年にわたり慰霊が続けられています。編集部としては、常紋を訪れるならこの追悼碑に手を合わせる形が最もふさわしいと考えます。

なお常紋信号場は2017年に廃止され、周辺の駅も無人化・廃止が進みました。人の気配がいっそう薄れた山中に、トンネルと碑だけが残っています。

訪問について

トンネルは石北本線の現役設備です。線路内への立入は鉄道営業法に違反する犯罪行為であり、列車の運行を危険にさらします。絶対に行わないでください。

トンネル自体は列車の車窓から通過体験ができます。冬季は周辺道路の状況が厳しく、追悼碑を訪れる場合も無理のない計画で。ここは肝試しの場ではなく、亡くなった人々を悼むための場所です。

場所

北海道北見市留辺蘂町・紋別郡遠軽町(常紋信号場付近)(地図はおおよその位置を示しています)

訪問前に必ずお読みください

よくある質問

常紋トンネルで人骨が出たというのは本当ですか?

事実です。1968年の地震後の補修工事の際に坑内壁面から人骨が発見され、1970年にも周辺で複数の遺骨が見つかっています。

トンネルを見に行けますか?

現役の鉄道トンネルのため線路内立入は禁止です。石北本線の車内から通過するか、金華側の追悼碑を訪れる形になります。

タコ部屋労働とは何ですか?

明治から昭和初期の北海道で行われた、監禁に近い環境での強制的な土木労働のことです。

常紋トンネルで、何かを見ましたか。

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