2万人の町が消えるまで
雄別炭鉱は大正期に開発が始まり、戦後の最盛期には人口2万人規模の企業城下町を形成しました。学校、病院、映画館、商店街まで揃った、山中に出現した独立した都市でした。
しかしエネルギー政策の転換とガス爆発事故を経て、1970年に閉山。町の存在理由が消滅したことで、住民は数か月のうちに全員が去りました。生活の場が一斉に空になるという、炭鉱町特有の終わり方をした場所です。
病院跡と語られる噂
最も多く語られるのが、雄別炭砿病院の跡です。コンクリート造の建物が森の中に取り残され、内部には設備の一部が残されたまま朽ちていきました。この病院跡で人影を見た、廊下から足音が聞こえた、といった体験談が数多く語られています。
炭鉱にはガス爆発や落盤といった事故がつきものであり、この病院がその負傷者を受け入れてきたという背景も、噂に重みを与えています。テレビの心霊特番でも繰り返し取り上げられてきました。
現地の本当の危険
雄別で最も注意すべきは心霊ではありません。ヒグマです。この一帯は阿寒の森林地帯にあり、ヒグマの生息密度が高い地域です。人がいなくなって半世紀、町は完全に野生の領域に戻っています。
加えて建物の倒壊が進行しており、コンクリートの床が抜けた箇所、露出した鉄筋、崩れかけた壁が随所にあります。携帯電話の電波も安定せず、事故が起きても救助を呼ぶことが難しい場所です。
訪れることを勧められない場所
編集部としては、雄別炭鉱跡への個人的な訪問を勧めません。ヒグマと建物の倒壊という二つの危険が、興味本位で払えるコストを大きく超えています。
この町の歴史に関心があるなら、釧路市内の資料館や、炭鉱町の記録をまとめた書籍から知ることができます。かつてここに2万人の暮らしがあったという事実は、廃墟を歩かなくても十分に伝わってくるものです。