鉱泉宿として建てられた建物
坪野鉱泉は、山あいの鉱泉を利用した宿泊・保養施設として建てられました。しかし経営は長く続かず、1982年頃には営業を終えたとされます。以後、山中に大きなコンクリート建築だけが取り残されました。
数階建ての客室棟が丸ごと残り、内部の調度品が散乱したままだったことから、1990年代以降は廃墟探索や肝試しの対象として知られるようになります。
1996年の失踪事件
1996年5月、富山市内に住む19歳の女性2人が「坪野鉱泉へ肝試しに行く」と話して外出したまま行方不明になりました。乗っていた車も見つからず、事件は長く未解決のまま推移します。
2018年、この車が韓国で発見されたとの報道があり、北朝鮮による拉致の疑いが指摘される展開となりました。現在も真相は明らかになっていません。
編集部として強調したいのは、この件が「怪談」ではないということです。今も帰りを待つご家族がいます。坪野鉱泉を語るときに、この点を娯楽として消費すべきではないと考えています。
解体と、現在の跡地
建物は倒壊の危険と、無断侵入者が絶えなかったことから、2020年に解体撤去されました。長年この地域が抱えてきた迷惑行為の問題に、ひとつの区切りがついた形です。
跡地は私有地であり、心霊スポットとして訪れる対象はもはや存在しません。近隣は静かな山間の集落です。かつての姿を求めて周辺をうろつくことは、住民にとって迷惑以外の何物でもありません。
この場所が残した教訓
坪野鉱泉の歴史は、肝試しという行為が現実の事件に直結しうることを示しています。人けのない山中の廃墟に夜間、少人数で向かうという行動は、それ自体が大きなリスクです。
廃墟に惹かれる気持ちは編集部にも理解できます。だからこそ、公開されている産業遺産や、許可を得た見学ツアーという形を選んでほしいと考えています。