伝わる話
戦国期、この地には武田氏の重要な財源であった黒川金山がありました。金山が閉山する際、鉱脈の場所や採掘の実態が外部に漏れることを恐れた者たちが、金山で働いていた遊女55人を宴に招いたと伝えられます。
川の上に舞台を吊り、その上で舞を舞わせ、途中で綱を切って淵に落としたという話です。これが「花魁淵」の名の由来とされ、地元では長く供養が続けられてきました。
ただし、この伝説を裏づける同時代の史料は確認されていません。黒川金山が実在し、武田氏の財政を支えたことは史実ですが、55人の遊女の話は江戸期以降に形成された伝承と見るのが妥当でしょう。それでも、この話が数百年にわたって語り継がれてきた事実そのものに重みがあります。
語られてきた噂
淵の付近で女性の泣き声を聞いた、車のボンネットに濡れた手形が付いていた、供養塔の前で写真を撮ると異常が起きる——といった話が繰り返し語られてきました。山梨県内では最も知名度の高いスポットのひとつです。
柳沢川の渓谷は深く、水音が谷筋に反響します。標高が高く霧の発生も多い場所です。夜間、ヘッドライトの届かない谷底に向かって暗闇が広がる光景は、伝説を知らなくとも十分に不気味なものです。
道路の付け替えで変わった現在
国道411号(大菩薩ライン)は道路改良が進み、かつて花魁淵の供養塔があった旧道区間はルートから外れています。現在は新しいトンネルと橋を通るため、走行していても淵の位置が分かりにくくなりました。
旧道区間は落石と路面崩落が進み、通行できません。「昔の写真の場所を探す」目的で廃道区間へ入る行為は、転落の危険が非常に高く、絶対におやめください。
訪れる方へ
この淵は、伝説が事実であるかどうかにかかわらず、地元の方々が長く供養を続けてきた場所です。深夜に大勢で押しかけて騒ぐ、供養塔を蹴る・落書きするといった行為は論外です。
大菩薩ラインは冬季に凍結し、夜間は野生動物の飛び出しも多い山岳道路です。心霊目的でなくとも、この道を夜に走る必然性はほとんどありません。日中、渓谷の景観として通り抜けるのが最も適切な向き合い方だと考えます。