HAUNTED SPOT REPORT 恐怖度ランキング 第162位

鈴ヶ森刑場跡

鈴ヶ森刑場跡とは|江戸の南の入口にあった刑場と、遺構・歴史を整理

東京都 廃墟 恐怖度 ★★☆☆☆

ホーム 全国心霊スポットマップ 鈴ヶ森刑場跡

心霊.JAPAN 編集部 による調査レポート

品川区南大井、旧東海道沿いに、江戸時代の刑場の跡が静かに残っています。心霊スポットとして語られることの多い場所ですが、まず知っておきたいのは、ここが歴史の記録と供養の場だということです。

基本データ

所在地 東京都品川区南大井2丁目。隣接する大経寺の境内
開設 慶安4年(1651年)
処刑方法 磔(はりつけ)、火刑(火あぶり)、水磔など
処刑者数 220年ほどで10万人から20万人とも言われるが、はっきりした記録は残っていない
指定 1954年に東京都の旧跡に指定
名の伝わる人物 丸橋忠弥、平井権八、八百屋お七など

結論:「怖い場所」である前に、江戸の入口に置かれた刑場の史跡

鈴ヶ森刑場は、江戸の南の入口にあたる東海道沿いに設けられた刑場です。北の入口の日光街道沿いにあった小塚原刑場と対になる存在でした。

旅人の目につく街道沿いに置かれたのは、見せしめの意味もあったとされます。現地は現在、大経寺の境内として管理され、供養の場にもなっています。

処刑者数の「10万〜20万人」をどう読むか

「220年の間に10万人から20万人」という数字は、よく紹介されます。しかし、はっきりした記録は残っておらず、あくまで言い伝えられた推定値です。

数字が大きいほど怖さが増して語られますが、確かな根拠のない数字を事実のように繰り返さないことが、噂を扱ううえでの基本です。

現地に残る遺構

現地には、火刑に用いた鉄柱や磔に用いた木柱を立てた礎石、井戸などが残されています。礎石の位置は、もとあった場所から移されており、供花台も設けられています。

ここで名が伝わる人物としては、丸橋忠弥、平井権八、八百屋お七などが挙げられます。芝居や講談で広く知られた名前が、この場所の印象を強めています。

訪れる場合の注意

鈴ヶ森刑場跡は、寺院の境内にある供養の場です。写真撮影や見学は、静かに、敬意を持って行ってください。

夜間の肝試しや、心霊目的の騒ぎは、住民と寺の迷惑になります。刑場という場所の成り立ちを学ぶ場所として訪れてください。

場所

東京都品川区南大井2丁目(大経寺境内)(地図はおおよその位置を示しています)

訪問前に必ずお読みください

よくある質問

鈴ヶ森刑場跡はどこにありますか?

東京都品川区南大井2丁目、旧東海道沿いの大経寺境内にあります。

いつからあった刑場ですか?

慶安4年(1651年)に設けられたと伝わります。

処刑者は何人ですか?

10万〜20万人とも言われますが、はっきりした記録は残っておらず、推定値です。

何が残っていますか?

火刑や磔の柱を立てた礎石、井戸などの遺構と、供花台が残っています。

夜に訪れても良いですか?

おすすめしません。寺院の境内であり、周辺は住宅地です。見学は日中に静かに行ってください。

鈴ヶ森刑場跡で、何かを見ましたか。

あなたの体験談・写真を匿名で投稿できます。編集部が次の調査の手がかりにします。